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2026年9月8日
新任施設長シリーズ⑧ 事故が起きたとき、施設長は何を見るのか ―「誰が悪かったか」から「なぜ起きたか」へ―

施設長をしていると、予定していた仕事が一瞬で止まることがあります。
転倒した。
誤薬があった。
利用者が行方不明になった。
職員の不適切な対応が疑われる。
送迎中に事故が起きた。
重大な苦情が入った。
電話が鳴り、職員が慌てて報告に来る。
そんなとき、施設長には判断が求められます。
しかし、事故や重大事案が起きた直後に最も大切なのは、
「早く答えを出すこと」ではありません。
まず、
何を最優先にし、何が分かっていて、何がまだ分かっていないのか。
そこを整理することから始まります。
最初に見るのは「原因」ではなく「安全」
事故が起きると、
「どうしてこんなことが起きたのか」
と原因を知りたくなります。
しかし、原因分析は少し後です。
最初に確認するのは、
いま、安全なのか。
ということです。
利用者の状態はどうか。
受診は必要か。
他の利用者にも危険が及んでいないか。
同じ事故がもう一度起きる可能性はないか。
現場をそのままにしてよいか。
必要なら、応援職員を配置する。
医療につなぐ。
危険な場所への立入りを止める。
一時的に支援方法を変更する。
事故直後には、
原因究明より先に、被害の拡大を防ぐ。
この順番を崩さないことが大切です。
「事実」と「推測」を混ぜない
事故直後には、いろいろな情報が入ってきます。
「○○さんが見ていたそうです」
「たぶん本人が自分で立ったんだと思います」
「いつも△△さんがやっているので……」
「最近、落ち着かなかったからではないでしょうか」
こうした情報の中には、
見た事実。
聞いた話。
推測。
解釈。
が混ざっています。
例えば、
「職員が目を離したため転倒した」
と書けば、すでに原因まで決めています。
しかし、確認できているのが、
「10時15分頃、居室内の床に倒れている本人を職員Aが発見した」
ということだけなら、まずはそこまでです。
施設長が最初に行うのは、
分かっている事実と、まだ分からないことを分けること。
早い段階でストーリーをつくらないことが重要です。
事故直後の「なぜ?」は、ときに危険
事故が起きると、すぐ担当職員に、
「なぜ、そうしたの?」
と聞きたくなります。
しかし、事故直後の職員自身も混乱していることがあります。
そして「なぜ」と問われると、人は説明しようとします。
「忙しかったからです」
「確認を忘れました」
「本人が急に動いたので」
それが、そのまま原因 として記録される。
しかし、本当にそうでしょうか。
その時間帯の人員配置はどうだったか。
手順は現実的だったか。
必要な情報は共有されていたか。
環境に危険はなかったか。
同じようなヒヤリハットはなかったか。
事故直後に出た一つの説明を、
「原因」と決めつけないこと。
これはとても重要です。
「誰がやったか」と「なぜ起きたか」は違う
事故には、当事者となった職員がいることが あります。
そのため、
「誰が担当していたのか」
「誰が確認を忘れたのか」
に目が向きます。
もちろん、事実として確認する必要があります。
しかし、
「誰がしたか」が分かったことと、「なぜ起きたか」が分かったことは同じではありません。
例えば、確認漏れがあった。
そこで、
「職員Aの確認不足」
を原因にすると、対策は、
「今後は十分注意する」
になりがちです。
しかし、もう少し掘り下げると、
確認項目が多すぎた。
確認方法が人によって違っていた。
申し送り方法が曖昧だった。
業務が同じ時間帯に集中していた。
チェックする仕組みそのものがなかった。
という背景が見えてくるかもしれません。
事故は、一人の職員の行動だけで起きているとは限りません。
「注意します」で終わらせない
事故報告書でよく見かける再発防止策があります。
「今後は十分注意する」
「職員間で周知する」
「確認を徹底する」
もちろん、注意や確認は必要です。
しかし、それだけでは、
同じ条件になれば、同じことが起きる可能性が残ります。
例えば誤薬なら、
薬の置き場所を変える。
確認手順を簡素化する。
読み上げ確認を取り入れる。
中断されにくい環境をつくる。
チェック方法を統一する。
など、仕組みそのものを変えられるかもしれません。
再発防止とは、
「次は気をつける」ではなく、「次は間違いにくくする」
ことです。
事故報告書は「反省文」ではない
事故報告書を書くと、
「申し訳ありませんでした」
「今後このようなことがないよう十分注意します」
という文章が中心になることがあります。
しかし、事故報告書の本来の役割は、
誰かに反省させることではありません。
何が起きたのか。
どのような条件が重なったのか。
何を改善するのか。
改善後どうなったのか。
を組織として残すことです。
つまり事故報告書は、
組織が事故から学ぶための資料
です。
個人の反省で終わらせれば、その人だけの経験になります。
組織の仕組みに変えれば、次の事故を防ぐ知識になります。
「緊急対応」と「原因分析」を分ける
事故が起きたその日のう ちに、すべてを決める必要はありません。
事故直後には、
安全確保。
必要な医療対応。
家族等への連絡。
必要な報告。
現場の保全。
事実の記録。
など、まず行わなければならないことがあります。
一方、
なぜ起きたのか。
支援方法に問題はなかったか。
人員配置はどうだったか。
環境要因はなかったか。
仕組みをどう変えるか。
という検討には、少し時間が必要な場合があります。
つまり、
「今すぐやること」と「落ち着いて検証すること」を分ける。
事故直後に慌てて恒久的な対策まで決めてしまうと、十分な検証ができないことがあります。
判断できないときは「判断保留」も判断である
施設長になると、
「すぐ判断しなければ」
というプレッシャーがあります。
しかし、情報が足りないのに結論を出すことが、良い判断とは限りません。
例えば、不適切支援が疑われる。
しかし、まだ本人から十分に話を聞けていない。
職員の説明とも食い違っている。
記録も確認できていない。
そんなとき、
「虐待だ」
「虐待ではない」
と急いで結論を出す必要はありません。
もちろん、必要な安全確保や報告を止めるという意味ではありません。
安全上必要な対応を取りながら、結論については必要な情報がそろうまで保留する。
これも施設長の判断です。
分からな いものを、
分かったことにしない。
事故対応では、とても重要な姿勢です。
「一件の事故」だけを見ない
一つの事故が起きたとき、その事故だけを見るのではなく、少し視野を広げます。
同じようなヒヤリハットはなかったか。
別の職員でも起こり得たか。
別の利用者にも同じ危険はないか。
他のフロアでも同じ方法を使っていないか。
過去の事故報告に似た事例はないか。
一件だけなら偶然に見えても、
複数の出来事を並べると、
組織の弱点が見えてくる
ことがあります。
事故を点ではなく、つながりとして見る。
施設長だからこそ持ちたい視点です。
「人を責めない」と「責任を曖昧にする」は違う
ここは⑥の職員マネジメントとも関係しますが、事故対応では区別しておく必要があります。
原因を個人だけに求めないことと、
問題のある行為を何でも仕組みのせいにすることは違います。
意図的なルール違反。
必要な報告を故意にしなかった。
明らかに不適切な行為があった。
こうした場合には、組織として別途対応が必要です。
しかし、それでも、
「その職員に問題があった」で分析を終わらせない。
なぜその行為を組織が早く把握できなかったのか。
同じことを防ぐ仕組みは十分だったのか。
管理上の課題はなかったのか。
個人の責任と、組織の改善。
両方を見ることが施設長には求められます。
施設長は「犯人を探す人」ではない
事故 が起きると、現場には不安が広がります。
誰が悪かったのか。
自分が責められるのではないか。
報告すると処分されるのではないか。
そんな空気が強くなると、次から職員は問題を隠すようになります。
それでは、施設はかえって危険になります。
施設長が目指したいのは、
事故をなかったことにする組織でも、
誰も責任を問われない組織でもありません。
事故を正確に報告し、そこから学べる組織
です。
事故が起きたとき、
誰が悪かったのか。
だけを見るのではなく、
何が起きたのか。なぜ起きたのか。何が重なったのか。次はどうすれば起きにくくなるのか。
を見る。
施設長は、犯人を探す人ではありません。
混乱の中から事実を整理し、組織を次の改善へ導く人です。
事故は、組織を映す
事故そのものを完全になくすことは難しいかもしれません。
しかし、事故が起きたときの組織の反応には、その施設の姿が表れます。
すぐ隠そうとするのか。
誰かを責めるのか。
「仕方なかった」で終わるのか。
それとも、
安全を確保する。
事実を確認する。
必要な対応をする。
原因を考える。
仕組みを変える。
そして、改善されたかを確認する。
そこまで進められるのか。
事故対応は、
施設長の判断力と、組織の学ぶ力が最も表れる場面の一つ
です。
「誰が悪かったか」から、
「なぜ起きたのか。そして、次はどう変えるのか」へ。
その視点を持つことが、事故を単なる失敗で終わらせず、組織の改善につなげる第一歩になります。
次回
新任施設長シリーズ⑨|施設長は、数字から何を読むのか―「現場の感覚」だけで施設を運営しない―
次回は事故対応から視点を広げ、利用率、人員、残業、収支、加算など、数字を単なる管理資料ではなく「施設で何が起きているかを知る手がかり」としてどう読むかを考えます。


