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2026年9月8日
新任施設長シリーズ③|「知らなかった」では済まされない ― 法令・制度・ガバナンスをどう考えるか ―

施設長になると、それまで以上に多くの制度や法令に向き合うことになります。
運営基準。人員配置。個別支援計画。虐待防止。身体拘束の適正化。各種委員会。記録。行政への届出や報告。
現場で支援をしていた頃には、詳しいところは管理者や本部が確認していたかもしれません。
しかし、施設長になると、
「知りませんでした」
「前任者がそうしていました」
「昔からこのやり方です」
だけでは済まされない場面が出てきます。
だからといって、施設長がすべての法律や通知を暗記しなければならないわけではありません。
施設長に必要なのは、
「分からないことを、分からないままにしないこと」
です。
「昔からこうしている」は、根拠にならない
福祉施設には、長年続いてきたやり方があります。
「前からこうしています」
「これまで問題になったことはありません」
そんな説明を受けることもあるでしょう。
長年の実践の中には、現場で培われた大切な工夫もあります。
しかし、
長く続いていることと、現在の制度や基準に合っていることは別です。
制度は変わります。
基準も変わります。
権利擁護や安全に対して社会から求められる水準も変化します。
身体拘束。個別支援計画。記録。人員配置。委員会運営。
日々の業務が大きな問題なく回っていると、小さなズレにはなかなか気づきません。
だから施設長には、ときどき立ち止まって、
「本当に、今もこれでよいのだろうか」
と問い直す姿勢が必要です。
法令と支援を、対立させない
現場では、ときに、
「利用者を見たいのに、管理側はルールの話ばかりする」
という感覚が生まれることがあります。
確かに、法令や基準を守ることだけが目的になってしまえば、本来の支援を見失うことがあります。
しかし反対に、
「良い支援をしているのだから、多少ルールから外れても構わない」
とも言えません。
虐待防止。
身体拘束の適正化。
個別支援計画。
人員配置。
こうした制度や基準の多くは、利用者の権利、安全、暮らしを守るために設けられています。
つまり、
法令は支援の反対側にあるものではありません。
支援を守る土台でもあります。
施設長には、
「法令か、支援か」ではなく、「法令を通して、どう利用者の暮らしを守るか」
という視点が必要です。
危険なのは「知らないこと」ではない
新任施設長であれば、知らないことがあるのは当然です。
制度は複雑です。
通知もあります。
改正もあります。
一人ですべてを把握することはできません。
危険なのは、知らないことそのものではなく、
知らないまま進めることです。
忙しいから後で確認しよう。
本部が知っているだろう。
前任者がそうしていたから大丈夫だろう。
そうして確認を先送りしているうちに、
「誰も根拠を説明できないけれど、ずっと続けている」
という運用が生まれます。
施設長は、何でも即答できる人である必要はありません。
分からなければ調べる。
通知を見る。
担当部署に聞く。
必要なら行政に確認する。
専門家に相談する。
そして、放置しない。
施設長は、「何でも知っている人」ではなく、「確認できる人」であることが大切です。
確認したことを「組織の知識」にする
もう一つ大切なのは、確認したことをその人だけの知識で終わらせないことです。
「以前、行政に聞 いたことがあります」
「あの件は○○さんが知っています」
という状態では、その人が異動したり退職したりすると、また最初から確認しなければなりません。
何を確認したのか。
どの通知や基準が根拠なのか。
組織としてどう運用することにしたのか。
必要なものは記録に残す。
会議で共有する。
手順に反映する。
そうすることで、
「誰かが知っている」から「組織として分かっている」
へ変わります。
これも、ガバナンスの一つです。
施設長に情報が上がらなければ、判断できない
施設長は、施設の中で起きていることをすべて直接見ることはできません。
だからこそ、
必要な情報が、必要なところまで上がる仕組み
が必要です。
事故。
ヒヤリハット。
虐待が疑われる事案。
法令上の疑義。
行政からの連絡。
重大な苦情。
こうした情報が、
「このくらいなら大丈夫だろう」
と現場で止まれば、施設長は判断できません。
そして、問題が見えなければ、組織として対応することもできません。
大切なのは、
「問題が起きない施設」を目指すことだけではなく、「問題が見える施設」をつくること。
問題が見えるから、確認できます。
確認できるから、判断できます。
判断できるから、改善できます。
隠蔽は、大きな悪意から始まるとは限らない
「隠蔽」というと、意図的に重大な事 実を隠すことをイメージするかもしれません。
しかし実際には、
「このくらいなら報告しなくてもよいだろう」
「大ごとにしたくない」
「あとで報告すればよい」
という小さな判断から始まることがあります。
一件一件は小さくても、それが積み重なると、
報告しないことが普通になる。
施設長まで情報が届かなくなる。
そして組織は、問題を把握する力を失っていきます。
ガバナンスを考えるうえで重要なのは、
「誰が悪いか」だけではなく、「必要な情報が確実に上がる 仕組みになっているか」
を見ることです。
ガバナンスとは「支配」ではない
「ガバナンス」「統治」と聞くと、少し堅く、現場を管理するための言葉に聞こえるかもしれません。
しかし、施設運営におけるガバナンスは、施設長がすべてを決め、現場を支配することではありません。
誰が何を判断するのか。
どの情報を主任まで上げるのか。
何を施設長まで報告するのか。
何を法人本部へ相談するのか。
どの会議で決定するのか。
どこに記録を残すのか。
こうした、
役割・権限・報告・意思決定の仕組みを明確にすること
です。
これが曖昧だと、
「あの人しか分からない」
「施設長がいないと決められない」
「誰に報告すればよいか分からない」
という状態になります。
これは、組織として非常に不安定です。
ガバナンスとは、現場を縛るためではありません。
利用者の暮らしを、誰か一人の頑張りに依存せず、組織として安定して守り続けるための仕組みです。
法令を「守っているつもり」にしない
委員会を開催した。
研修を実施した。
書類を作った。
これだけで法令遵守ができているとは限りません。
例えば委員会であれば、
何を検討したのか。
課題は何だったのか。
何を改善することになったのか。
誰が実行するのか。
その後どう確認したのか。
までつながっている必要があります。
つまり、
形式を整えることと、制度を機能させることは違います。
施設長が見るべきなのは、
「やったか、やらなかったか」だけではなく、
「その仕組みが、本当に利用者を守るために機能しているか」
です。
施設長は「根拠と仕組み」で施設を守る
施設長一人が制度に詳しくても、それだけでは強い組織にはなりません。
確認する。
根拠を残す。
必要な情報が上がるようにする。
役割と権限を明確にする。
必要な場で判断する。
決めたことを記録する。
そして、誰か一人しか分からない状態を減らしていく。
こうした積み重ねによって、
法令や制度が、現場を縛るものではなく、利用者の権利と暮らしを守る仕組み
になっていきます。
「知らなかった」では済まされない。
だからといって、何でも知っている施設長になる必要はありません。
施設長に求められるのは、
確認すること。根拠を持つこと。必要な情報が流れること。そして、組織として守れる仕組みをつくること。
それが、法令・制度・ガバナンスに向き合う施設長の基本です。
次回
新任施設長シリーズ④|支援の質は、組織で決まる―「良い支援者」だけでは施設を守れない―
次回は、法令や制度から少し現場へ戻り、優れた職員の個人技に頼るのではなく、良い支援を組織として継続するには何が必要かを考えます。


