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2026年9月8日
新任施設長シリーズ⑩ 施設長の仕事を「仕組み」に変える ― 自分がいなくても回る施設へ ―

施設長になったばかりの頃は、自分で動くことが増えます。
分からないことを調べる。
現場を見に行く。
職員から相談を受ける。
会議を進める。
問題が起きれば対応する。
数字を確認する。
一つひとつ経験しながら、施設長とし て仕事を覚えていきます。
そして、仕事ができる施設長ほど、次第にいろいろなことが自分のところへ集まってきます。
「施設長に聞けば分かる」
「施設長に確認してから決めよう」
「施設長がいる日に相談しよう」
頼られることは、悪いことではありません。
しかし、ここに一つの落とし穴があります。
施設長が頑張れば頑張るほど、施設長がいなければ動かない組織になることがある。
⑩では、この問題を考えます。
「自分ができる」は、施設長のゴールではない
経験を積むと、施設 長自身で解決できることが増えてきます。
職員から相談を受ければ答えられる。
事故が起きれば対応できる。
行政から問い合わせが来ても説明できる。
勤務上の問題にも判断できる。
それは大切な力です。
しかし、
「自分ができる」と「組織ができる」は違います。
施設長だけが分かっている。
施設長だけが判断できる。
施設長だけが外部との関係を持っている。
施設長だけが過去の経緯を知っている。
この状態では、一見うまく運営できていても、組織としては不安定です。
施設長が休んだ瞬間、止まってしまうからです。
属人化は、優秀な人の周りにも生まれる
属人化というと、
「仕事を抱え込む人が悪い」
と思われがちです。
しかし、必ずしもそうではありません。
仕事ができる。
判断が速い。
責任感が強い。
困っている人を見ると助ける。
そんな施設長ほど、
「自分でやった方が早い」
という場面が増えます。
最初は合理的です。
しかし、それを続けていると、
職員は施設長に聞く。
施設長が答える。
さらに施設長に情報が集まる。
さらに施設長しか分からなくなる。
という循環ができます。
属人化は、能力不足だけではなく、優秀さから生まれることもあります。
だからこそ注意が必要です。
「自分でやった方が早い」を少し我慢する
職員に任せると時間がかかることがあります。
説明する。
途中で確認する。
間違いを修正する。
それなら、自分でやれば10分で終わる。
そう思うことがあります。
しかし、その10分を毎回自分で引き受けている限り、次も施設長の仕事です。
一方、最初に30分かけて伝え、
「次からは、この手順でお願いします」
とすれば、次回から職員ができるかもしれません。
施設長には、
今日の効率だけでなく、半年後の組織を見る視点
が必要です。
「自分でやった方が早い」を少し我慢することが、組織を育てることにつながります。
仕組みとは「マニュアルを増やすこと」ではない
仕組み化というと、
「マニュアルを作ろう」
となりがちです。
もちろん、必要な手順を文書にすることは大切です。
しかし、分厚いマニュアルが棚に並んでいても、誰も使っていなければ仕組みとは言えません。
仕組みとは、もっと広いものです。
例えば、
誰に報告するのかが分かっている。
誰が判断するのかが分かっている。
必要な情報が決まった場所に残る。
担当者が不在でも他の人が確認できる。
定期的に見直す場がある。
新しい職員にも引き継がれる。
こうした状態です。
つまり、
「人が覚えている」から「組織に残っている」へ変えること。
これが仕組み化です。
施設長の頭の中を、組織のものにする
長く施設長をしていると、頭の中にたくさんの情報が蓄積されます。
この家族には、この経緯がある。
この設備は、以前こういう故障をした。
この行政手続きは、この時期に必要。
この業者には、この担当者へ連絡する。
この職員には、この仕事を頼める。
便利です。
しかし、
その情報は、施設長がいなくなったあとも残るでしょうか。
ここが重要です。
必要なものは、
記録する。
一覧にする。
共有フォルダに置く。
年間予定にする。
担当を決める。
会議で共有する。
引継ぎ資料にする。
頭の中の情報を、少しずつ外へ出します。
施設長の経験を失わないためです。
「誰がやるか」だけでなく「誰でも分かるか」
仕事を担当者に任せれば、それで仕組み化できたとは限りません。
今度は、
「○○さんしか分からない」
という別の属人化が起きることがあります。
施設長から主任へ。
主任から担当職員へ。
単に属人化の場所が移っただけでは意味がありません。
そこで、
担当者は誰か。
何をするのか。
いつするのか。
どこに記録するのか。
不在時は誰が代わるのか。
変更するときは誰に相談するのか。
まで考えます。
目指すのは、
「担当者がいる組織」であって、「担当者しか分からない組織」ではありません。
「例外」ばかりの施設にしない
施設では、さまざまな事情が起きます。
今回は特別だから。
この利用者だけだから。
この職員だけだから。
今回だけだから。
一つひとつには理由があります。
しかし、例外対応が積み重なると、
「本来どうすることになっているのか」
が分からなくなります。
施設長の頭の中だけに、
「この場合はこう」
という判断基準が増えていきます。
例外が続くなら、
それは本当に例外なのか。
今の仕組みが現実に合っていないのではないか。
と考えます。
例外の多さは、仕組みを見直すサイン
になることがあります。
「施設長不在の日」を想像してみる
仕組み化できているかを確認する簡単な方法があります。
「明日、自分が一日いなかったらどうなるだろう」
と考えてみることです。
利用者の体調が急変したら。
事故が起きたら。
家族から重要な相談が入ったら。
行政から連絡が来たら。
設備が故障したら。
勤務上の問題が起きたら。
誰が最初に動くのか。
どこまで判断できるのか。
誰に連絡するのか。
必要な情報はどこにあるのか。
ここで、
「全部、私に電話が来る」
のであれば、まだ施設長個人への依存が大きい状態です。
もちろん、施設長に連絡すべき重大事項はあります。
しかし、日常のあらゆる判断まで施設長に集中しているなら、見直す余地があります。
任せるとは「丸投げ」ではない
施設長が仕事を手放そうとして、
「これからは主任に任せます」
とすることがあります。
しかし、
目的を説明しない。
権限を示さない。
必要な情報を渡さない。
途中で確認しない。
結果だけ求める。
これでは、任せたのではなく丸投げです。
任せるときには、
何を任せるのか。
どこまで自分で決めてよいのか。
何は施設長へ相談するのか。
いつ報告するのか。
を明確にします。
そして、最初は確認する。
少しずつ任せる範囲を広げる。
権限と責任をセットで渡す。
これが、組織として仕事を引き継ぐ基本です。
施設長が休めることも、組織の力である
施設長が休暇を取るたびに電話が鳴る。
出張中も判断を求められる。
休日にも連絡が来る。
それを、
「自分は必要とされている」
と感じることもあります。
しかし、別の見方をすれば、
組織が施設長一人に依存している
可能性があります。
施設長が安心して休める。
主任が一定の判断をできる。
必要な情報が共有されている。
緊急時の連絡基準が分かっている。
そして、本当に必要なときだけ施設長へ連絡が来る。
これは、施設長が楽をしているのではありません。
組織が育っている状態です。
仕組みは、つくって終わりではない
一度決めた仕組みが、ずっと正しいとは限りません。
利用者が変わる。
職員が変わる。
